日々是好日


「桜流し」

がらがらの駐車場に、2匹の猫がひなたぼっこしている。 1匹は小さな顎を上げ、目を細めておひさまの恩恵を目いっぱい受けている。その猫の横で、もう1匹の子猫が寝そべって、恩恵を背中で受けている。春だなあ。
桜が零れるように咲き出した。木蓮も満開だ。春は勢いのある季節だ。待ちきれないように、翌日が今日に押し出されてくる。日1日と空も空気も春になる。春なんだ。気持ちも足取りも自然と軽くなる。つられて浮き立ってくる足は、太古から繋がるDNAだ。


花を愛でている人を警備員が制止している。異様な光景だ。こんなことが起きるなんて、誰が想像しただろう。花見は禁止、散歩がてら見上げる楽しみさえままならない。春を喜びきれない。
オリンピックの延期が決まった。中止になるよりはと考えれば良いニュース。
志村けんさんが亡くなった。悲しいニュース。はんぱない喪失感。なんだ?この感覚。存在していて当たり前だったものが不在になる。あったものはどこにいくのだろう。亡くなる前までは確かに体のなかにあったものは、命をなくしたあとどこに行くのか。

ほんの軽い風邪のような症状が出てから、意識を失うまでたったの3日間。意識がなくなり、命の火が消え、近親者の看取りも別れも、家に帰ることも叶わなかった。コロナに罹患したことも気づかなかったという。呼吸不全になり、心臓が止まり、命は少しずつなくなっていくのか、突然断絶されるのか、その人をその人たる大切なカタマリは、どこに行くのだ。一昨年からずっと考えている。

今年も花周防が咲いた。今日は風が強い。植物は最強だなあ。ねえ、花周防、今までいくつの春を見た?枝の下を通りすぎる人をどのくらい眺めてきた?雨の日も曇天の日も、そして晴れやかな日も、どんな人たちのどんな人生を見てきた?その人たちが体のなかにしまっている無限のカタマリをたくさん見てきたのでしょう。
果てしなく広がるその人のカタマリたちが通り過ぎていく。たくさんの靴裏だけが見えてくる気がする。目を閉じれば、私の知らないたくさんの時間がくっきりと私のなかを通り過ぎていく。


春だ。「山笑う」は春を代表する季語だったか。桜を抱え太平山が笑っている。新芽の準備をはじめた広葉樹たちが、ほんのりと柔らかな色合いで笑みを添える。 山が見おろした景色は、きっと太古まで遡れる。そこにはたくさんの喜び苦難が含まれている。それを乗り越え、今、春も山も花たちも目の前に現存してくれているのだ。


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